共和ゴム本社営業の林です。こんにちわ。
今回は、目地フォームの施工現場のご報告です。
鶉野飛行場跡の道路工事で目地フォームを確認
先日、兵庫県加西市の鶉野⾶⾏場跡道路敷設工事現場に行ってきました。

目地フォーム施工

水路付きブロックです
排水水路付きブロックの上に歩車道境界ブロックがきれいに並べられています。
目地フォームは、従来のモルタル目地詰めが必要ありません。そのため、簡単に作業ができて、特に工期短縮に有効とのお声を頂戴しております。
また、歩車道境界ブロック用・地先境界ブロック用・L型擁壁用など、様々な形状に対応します。
目地フォームの詳細は製品ページをご覧ください。
鶉野飛行場跡について
今回、目地フォームが使われた鶉野⾶⾏場跡について、少しご紹介します。
鶉野⾶⾏場跡は、旧⽇本海軍の練習航空隊の飛行場跡です。
第⼆次世界⼤戦時、戦局が悪化しはじめた頃、パイロットを養成するために設置されました。
正式名称は「姫路海軍航空隊」です。なお、地元では鶉野⾶⾏場と呼ばれています。

鶉野飛行場跡資料館
以下、兵庫県加西市のHPより
昭和18年3月に工事が着⼯され、同年10⽉に、姫路海軍航空隊が開隊されました。
ここでは、九七式艦上攻撃機を使用した実用訓練が行われていました。
また⾶⾏場の南西部には、昭和18年末頃に、川⻄航空機姫路製作所鶉野⼯場が設けられ、
終戦までに、「紫電」「紫電改」など 500機余りの戦闘機が組み⽴てられ、この飛行場で試験飛行が行われました。
昭和20年2月、姫路海軍航空隊においても、神風特別攻撃隊「⽩鷺隊」が編成され、
鶉野飛行場から待機基地である大分県宇佐へ、さらに出撃基地である鹿児島県串良へ飛び立ち、沖縄での作戦で63名の尊い命が失われました。
今、鶉野⾶⾏場のコンクリート製滑走路跡は、国から払い下げを受け、加⻄市が管理しています。
令和4年4月にオープンした加西市地域活性化拠点施設「soraかさい」をはじめ、
周辺に数多く残る戦争遺跡群を「鶉野フィールドミュージアム」として、戦争の歴史を伝え残し、平和の学びの場として活用を図っています。
ゴム・スポンジ材の裁断加工も承ります
また、弊社では目地フォームの加工にも使う、ゴム・スポンジ材の自動裁断機にて様々な加工を行っております。
最近お話があるのは、製品の移動時の通い箱の梱包緩衝材です。図面化から抜き加工、貼り合わせ作業まで行っています。

ケーブルプラグ用

精密パーツ緩衝材

工具・文具収納用
このような実例が多々ございます。
お気軽にご相談下さいませ。宜しくお願い致します。









